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logosノ夢 ブログ(雑記)

闇の中の愛

shade「throw a shadow on me」...

僕に影をください。暗い影をください。心を平坦にしたい。笑いはいらないから、苦しさや悲しさをなくしてください。





弱さに直面すれば、心は闇を求める。自分を闇に染めたくなる。大きな嗚咽を上げて泣き崩れていた。自虐的だっただろうか?

それでも…。

それでも、心に決して変わることのない思いがあるから…、本当に求めているものは何かということを自らに問い掛け続けているから前を向こうとしている。

小さな一歩…。進んでいないに等しいとみなせる一歩かもしれないけど、進もうとしている。

自らの自らである意識。自分の自分というものを、変わらない自分というものをはっきりさせるとき。

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無題

真の人間になるために。

1つの解として答えるならば、「常識」を疑うということ。
「私にとって、世の中はわからないことだらけだ。」

無題

このままで良いわけがない。

魂の炎が燃えている。

いつの日にか必ずそれを果たそう。

みなぎってくる心の底からの意志。

君はそれを求めている。

「君の思い通りの花を咲かせよう」

燃え上がる魂が今もあるなら…。





答えのない問いかけの答えを探し続けることを捨ててはいけない。
それを捨てたら矛盾の中に落ちて混沌を深めてしまうだけ。
根源的な意味を求める心を持ち続けて…、疑問を抱いて…、それを考え続けて…、生きる。

疑問を持つこと、考えること。人間の尊厳。「道徳の原理」。

どうして全く節約せずに…?

水とか電気とかガスといった資源を全く節約せずにガパガパ使ってしまう中高年を見る時がある。そういう人を見ると、どうしてあれほど多く使うのか? と思ってしまう。非常に無駄遣いをしているように見えてしまう。

それとも、僕の節約意識が強すぎて、世間一般における資源の「普通」の使い方が無駄の多いものに見えてしまうだけなのだろうか? いや、あまりそうは思えない。


成育時期に物的な豊かさがなかったが、大人になって懸命に働いた結果、子どもの頃とは比べ物にならないほど物的な豊かさを得たという人は、高齢になってくると資源を節約せず使いすぎる傾向があるのだろうか?

人間というものは満たされないものを満たそうとするが、満たされない「飢え」の程度や期間が大きすぎると、満たされた(「飢え」が解消された)後でも、とめどなくもっと多くの満足を得ようとするものなのか?

仮にそうだとしたら、なぜそうなのかという疑問が生じるが、その答えの鍵となるのは、自分を顧みることができるかどうかということであるような気がする。

無題

「その暗闇はトンネルではないのですね? 遺伝子を形成している過去があるのですね?」

「笑顔」を表す。まるで、それまでの困難を忘れてしまったかのように。

放置された感情。野放しにされている因果関係。

答えがわからない。

では、答えがわからない原因は何なのか?

答えを探そうとするのにその答えを見つけられない理由は何なのか?

10の10乗個の意志(意思)の総和が、成り行き、結果としての現在、今後来る変化、をもたらす。

現実世界と関係があって現実世界と関係のない世界。

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